外資に入ってから、英語で実際に困ること — 入社前の不安とはずれている

外資系への転職が決まった、あるいは検討している。条件も仕事内容も納得しているのに、英語のことだけが引っかかって落ち着かない。

その不安は妥当です。ただ、心配している中身は、たいてい実際に困ることとずれています。

私は外資系企業の日本法人で、中途で入ってきたメンバーを受け入れる側にいました。同時に、自分自身も転職を重ねてきたので、入る側の経験も何度かしています。両方の側から見て、入社前に不安がられることと、入ってから実際に詰まるところは、はっきり違います。

入社前に心配することの多くは、あまり問題にならない

発音が悪い。 誰も気にしていません。多国籍の会議ではインド英語もフランス語訛りの英語も飛び交っていて、全員が非母語話者の英語を聞き慣れています。日本語訛りが問題になる場面は、まずありません。

語彙が足りない。 実務で使う語彙の範囲は、思っているより狭いです。自分の職務に関する話を毎日するので、必要な単語は繰り返し出てきます。入社3ヶ月ほどで、かなりの部分は埋まります。

ただし、ゼロになることはありません。 ビジネスは止まらないので、未知の語彙は継続的に追加されます。担当領域が変わる、職務が変わる、これまで接点のなかった部門と組むことになる。そのたびに新しい語彙が入ってきます。「いつか全部分かる日が来る」ものではなく、常に一定量が未知のまま流れているのが通常の状態だと思っておいてください。

TOEICのスコアが足りない。 選考では見られますが、入社後の日々の実務で参照されることはありません。 そもそもTOEICは話す力を測っていないので、入ってからの仕事とは別の指標です。この点は別記事で詳しく書きました。

ただし、まったく無関係というわけでもありません。受験費用の補助制度を持っている会社はありますし、昇進の要件にスコアを置いているところもあります。それは制度の話であって、日々の評価とは別だと切り分けておけば十分です。

これらを心配して入社前に詰め込んでも、効き目は限定的です。時間を使うなら、別のところに使ったほうがいい。

最初の1ヶ月は、「英語が分からない」のか「事情が分からない」のか区別がつかない

では何に困るのか。最初に効いてくるのは、英語力ではなく社内の文脈です。

会議に出ると、知らない略語が飛び交います。プロジェクトの通称、社内システムの名前、前任者の名前、去年の経緯。これらは英語ができても分かりません。 日本語で説明されても同じように分からない種類のものです。

ところが渦中にいると、この2つが混ざります。聞き取れなかった箇所が「英語が聞き取れなかった」のか「単語は聞こえたが何の話か分からなかった」のか、自分でも判別できない。そして両方まとめて「英語ができない」と結論してしまう。

ここを切り分けてください。

後者なら、聞くべき相手は英語の先生ではなく同僚です。そして文脈が分かると、英語の聞き取りも急に楽になります。 話の展開が予測できるようになるので、聞き取れない箇所を推測で埋められる。

最初の1ヶ月にやるべきことは、英語の勉強ではなく、社内用語のリストを作ることです。

3ヶ月目以降に、順に詰まってくる

文脈が分かってくると、今度は英語そのものの問題が表に出てきます。ここからが本番です。

順番はだいたい決まっています。

まず、会議で発言できない。 言いたいことはあるのに、口を開くタイミングが掴めないまま議題が終わる。原因は語彙でも発音でもなく、日本語の会議でうまくいっていた振る舞いを持ち込んでいることです。詳しくは「英語の会議で発言できない」を分解するにまとめました。

次に、順番が取れないことに気づく。 相手が言い終わるのを待っていると、永久に回ってきません。割り込みは失礼ではなく技術で、練習すれば身につきます

同じ頃、意図と違う伝わり方をし始めます。 確認したいだけだったのに反対と受け取られる。これは緩衝表現の語彙がないために、強度が0か100になるからです。反対の強度を3段階で持つと解決します。

相手が変わると、急に聞き取れなくなる。 担当者の異動や拠点の変更で起きます。ここは聞き取りの技術と、難しさの型を見分けることで対処できます。

そして、メールに時間が溶けます。 会議ほど話題になりませんが、毎日発生するぶん累積は大きい。書く順序を変えるだけで速くなります

会議そのものの準備については別記事にまとめました。

全部を一度に解決する必要はありません。順に出てくるので、出てきたものから潰せば足ります。

入社直後は、聞き返す権利が最も強い

ここが、この記事で一番伝えたいことです。

入ったばかりの人が「すみません、いまの部分をもう一度お願いします」と言うのは、まったく自然です。周囲も、聞かれれば説明する前提でいます。

問題は、聞かなかった場合です。 沈黙は「まだ分かっていないが黙っている」とは受け取られません。「もう理解している」と認識されます。 部署内で研修済み、あるいは誰かが共有済みだと見なされて、以後その説明は繰り返されなくなる。

つまり、黙っていることは中立ではありません。理解したという信号を、自分から出していることになります。

そして半年経つと、同じ質問がしにくくなります。「まだ分かっていないのか」と思われる不安が出てくるからです。聞けないまま分かったふりが増え、認識のずれが積み上がっていく。

この非対称は、入社直後にしか使えない資産です。

だから最初の3ヶ月で、聞き返す習慣そのものを作ってください。遠慮して黙る癖をここでつけてしまうと、後から直すほうがずっと難しくなります。

聞き返し方にも技術があります。Sorry? だけでは同じ速度で全文が返ってくるので、何が分からなかったかを特定して聞くほうが早い。この方法は聞き取りの記事に書きました。

受け入れる側の実感として言えば、英語の巧拙より「分からないことを分からないと言えるか」のほうを見ています。 分かったふりで進んで後から手戻りが出るほうが、よほど困ります。

お金をかけるかどうかは、入ってから決めていい

入社前に慌ててスクールを探す人がいますが、順番としては逆だと思います。

自分がどこで詰まるかは、入ってみないと分かりません。 発言のタイミングなのか、聞き取りなのか、メールなのか。人によって違いますし、配属先の顔ぶれでも変わります。詰まる場所が分からないまま高額なサービスを選ぶと、必要のないところにお金を払うことになります。

3ヶ月あれば、自分の詰まりどころは見えます。その時点で、何にいくら払うかを判断すれば十分です。順番の考え方はこちらの記事にまとめました。

まとめ