「TOEIC 800なのに話せない」のは勉強不足ではない — テストが測っていない3つのこと

TOEIC は 800 を超えている。英文メールは読めるし、資料も辞書なしで目を通せる。それなのに会議になると一言も出てこない。

この状態を、多くの人は自分の勉強のやり方が間違っていたせいだと考えます。そして次の目標を 900 に設定して、また単語帳を開く。

私は TOEIC 820 で外資系企業に入りました。在職中に受け直したことは一度もありません。スコアはそのままに、日本法人で本社とやり取りする立場になりました。一方で入社当初には、会議で黙っている側の経験もしています。そこで分かったのは、スコアと発話のギャップは勉強の失敗ではなく、テストの仕様どおりの結果だということです。

TOEIC は、話す能力を一問も測っていません。

TOEIC L&R が測っているもの、測っていないもの

一般に「TOEIC 800」と言うとき、それは TOEIC Listening & Reading Test のスコアを指します。名前のとおり、リスニングとリーディングの試験です。

内容
測っている音声を聞いて理解する速度/英文を読んで理解する速度
測っていない自分で英文を組み立てて口から出すプロセス

スピーキングとライティングは TOEIC Speaking & Writing Tests という別の試験になっていて、多くの人が受けているのは前者だけです。

つまり 800 点は「英語を受け取る速度」の証明であって、「英語を出す力」については何も言っていない。話せないのは当たり前で、それは能力の欠如ではなく、単に測定範囲の外にあるということです。

ここを取り違えたまま 900 を目指すと、同じ能力をもう少し伸ばすだけで、話せない状態は変わりません。

非対称1:選択肢がある試験と、選択肢がない会議

TOEIC の設問には、必ず正解が選択肢の中にあります。受験者がやっているのは、候補の中から正しいものを見分ける作業です。

会議には選択肢がありません。自分で組み立てて、ゼロから出す必要があります。

言語習得では、意味が分かる語彙(認識語彙)と、自分で使える語彙(使用語彙)は別のものとして扱われます。そして使用語彙は認識語彙よりずっと少ない。読んで分かる単語が1万語あっても、口から出てくるのはその一部です。

TOEIC のスコアを押し上げるのは認識語彙です。そして単語帳を1冊追加してやっているのも、認識語彙を増やす作業です。話せない状態に対して、これは方向が逆になっています。

非対称2:自分のペースで進む試験と、ターンがある会議

リーディングは自分のペースで読み返せます。リスニングは聞き返せませんが、こちらから返す必要はありません。どちらも一方向です。

会議は双方向です。相手の発言が終わってから自分が話し出すまでの数秒に、何を言うか決めて、文を組み立てて、口を開くところまで済ませなければならない。そのあいだに誰かが話し始めれば、順番は消えます。

この「決めて、組み立てて、出す」という一連の処理は、TOEIC のどのパートにも登場しません。訓練されていないので遅い。遅いから間に合わない。間に合わないから黙る。スコアとは無関係のところで詰まっています。

非対称3:一人で完結する試験と、相手がいる会議

TOEIC は最初から最後まで一人で完結します。解答が相手に伝わったかを気にする必要はなく、マークした時点で終わりです。

会議は違います。話し終えた瞬間に反応が返ってきます。伝わっていない顔をしていれば言い直す。強すぎたと感じたら補う。質問が来れば答える。出したあとに軌道修正する作業が、発言のたびに発生します。

この修正のプロセスも、試験には一切登場しません。そして実務ではここが効きます。一度で完璧に言えることより、通じなかったときに別の言い方へ切り替えられることのほうが、はるかに役に立つ。

一度で言い切ろうとして黙ってしまう人は多いのですが、実際の会議では二度言えます。

Let me rephrase that.

これを挟めば、誰も嫌な顔をしません。むしろ、伝わっていないことに自分で気づいて言い直せる人のほうが、仕事の相手として信頼されます。

900 を取っても解決しない

ここまでを整理すると、スコアを上げ直す努力が話せない問題を解決しない理由がはっきりします。

800 から 900 への100点は、受信の速度をさらに上げることで取れます。取れれば書類選考では有利になります。しかし会議で詰まっている箇所は、選択肢のない状態で文を組み立て、順番を取り、反応を見て直す部分なので、そこは一ミリも改善しません。

半年かけて 900 を取って、会議では相変わらず黙っている。これは実際によくある結果です。

では何をするか

やることは3つです。どれも新しい知識を仕入れる作業ではありません。

1. 新しい単語を覚えるのをやめて、知っている単語で言い切る

認識語彙はもう足りています。必要なのは、その中の一部を使用語彙に移すことです。移す方法は、実際に使うことしかありません。

たとえば「4月まで人を増やせないので、このスケジュールでは回らない」と言いたいとき、feasibleresource allocation を探しに行きたくなります。しかし実際に必要なのはこれだけです。

We can't add people before April, so this schedule won't work.

中学校で習う単語しか入っていませんが、条件と結論の両方が届きます。難しい単語を探しているあいだに発言の順番が消えるくらいなら、この水準で言い切ったほうが仕事は進みます。

2. 話し始めの型を、用途ごとに持っておく

毎回ゼロから組み立てていると、非対称2で書いた数秒に間に合いません。文の入り口だけでも決まっていれば、その先の内容に思考を使えます。

ここで注意したいのは、I think … のような短すぎる型はあまり役に立たないことです。二語で終わってしまうので、そのあとを結局ゼロから組み立てることになる。もう少し長く、話す方向まで決まってしまう型のほうが機能します。

用途ごとに、こういう単位で持っておくと回ります。

意見の強度を調整する型については、別記事で3段階に整理しています

数としては10〜15といったところです。ただし揃えること自体が目的ではありません。大事なのは用途とセットで覚え、自然と口から出るように慣らしておくことです。フレーズだけを暗記しても、必要な場面で引き出せません。「割り込むときの一言」として体に入っていれば、割り込みたいときに出てきます。

3. 正しさより完結性を優先する

出す前に迷う時間の正体は、たいてい「もっと適切な表現があるはずだ」という探索です。それを続けているうちに順番が消えます。

時制が崩れても冠詞が抜けても、多国籍の会議では誰も気にしません。主語と動詞が立った文になっていれば意図は届きます。逆に、正しい表現を探した末に単語だけを投げると、意図は届きません。

スコアには、正しい使いどころがある

ここまで書くと TOEIC が無意味に思えるかもしれませんが、そうではありません。

外資系の書類選考では、スコアが足切りに使われます。求人票に「TOEIC 800 以上」と書かれていれば、それを満たしていない応募は読まれません。その意味で 800 は明確に価値があります。

ただしそれは入口の通行証であって、入ったあとの仕事の道具ではない。この二つは別物です。混同すると、通行証を磨き続けて道具を持たないまま入社する、ということが起こります。

私自身、入社時のスコアをその後一度も更新していません。それで困ったことはありませんでした。困ったのは、いつも通行証ではなく道具のほうです。

800 を持っているなら、通行証はもう手元にあります。次に取り組むべきは、スコアの更新ではありません。

まとめ

なお、会議で発言できない原因は語彙や発音だけではありません。音量、単語だけで投げてしまう癖、沈黙の扱われ方など、実際には5つのつまずきがあります。そちらは別記事で整理しました。