英語の雑談が続かないのは、ネタが足りないからではない — スモールトークは定刻前に起きている

本社との定例会議に、五分前につなぐ。すでに二人入っていて、何か話している。How was your weekend? We finally took the kids to the lake. Oh, the weather held up? 笑い声が入る。

自分は画面の中でうなずいている。一度も声を出してはいない。

定刻になって Okay, shall we start? で本題が始まる。ここからが自分の番だ、と思う。

私は外資系企業の日本法人でラインマネジメントを担当し、本社のカウンターパートと日常的にやり取りしてきました。この五分を毎回落としていた時期があります。

雑談が苦手だという悩みに対して出てくる答えは、たいてい話題の提案です。天気、週末、スポーツ、出身地、食べ物。使えるフレーズが二十個、三十個と並びます。

覚えても、あまり使えません。理由は単純で、実務の雑談は、自分から話題を出す場面よりも、振られて返す場面のほうが多いからです。用意した引き出しを開ける機会は、思っているほど来ません。来るのは、相手が開けてきた引き出しに何を入れて返すか、という瞬間のほうです。

雑談は会議の外にはない。定刻前の数分にある

「雑談の練習をしたい」と考えるとき、多くの人は立食パーティーや懇親会を思い浮かべます。そういう場もありますが、頻度でいえば例外です。

離れた拠点にいる相手と雑談が発生するのは、ほぼこの三つです。

相手が目の前にいる場面なら、機会はいくらでもあります。出張で訪ねたとき、相手が来日しているとき、一緒に昼食に出るとき。ただ、それは年に数回です。日常的に積み上がるのは、画面越しの数分のほうです。

ここで大事なのは、定刻になれば会議は始まるということです。主催者が本題を後ろにずらして雑談の時間を取ってくれるわけではありません。雑談が起きているのは、その前です。

つまり、定刻ちょうどにつなぐ人にとって、この時間帯は存在しません。練習しようにも場がない。

処方の一つ目は、技術ではなく運用です。定刻の三分前につなぐ。 これだけで、週に何度か練習の機会が発生します。誰もいなければ何も起きませんし、それで困ることもありません。

雑談の英語は、会議の英語より難しい

もう一つ、順序が逆に理解されていることがあります。雑談は簡単な英語で、会議は難しい英語だという前提です。

実際には逆のことが起きます。会議の議論には参加できるのに、その前の数分だけ黙ってしまう。この状態は珍しくありません。

理由は語彙の難度ではなく、予測できるかどうかです。

会議には、アジェンダがあり、事前資料があり、自分の職務という範囲があります。話される内容の相当な部分は事前に予測がつくので、聞き取れない箇所を推測で埋められますし、言うことも準備できます。この有利さについては聞き取りの記事に書きました。

雑談には、それが一つもありません。相手が何の話を始めるかは決まっていない。しかも、返答に許される時間が短い。会議なら三秒考えても不自然ではありませんが、How was your weekend? に三秒沈黙すると、間があいてしまいます。

つまり雑談は、予測できない話題に、短い時間で返すという、会議より条件の厳しい作業です。ここで詰まるのは語彙の問題ではありません。TOEIC のスコアが同じでも、この条件下で口が動くかどうかは別の話です。

雑談で渡っているのは、役割ではなく人となり

では、この数分に参加すると何が変わるのか。

まず、変わらないことから書きます。雑談に入らなかったから本題で発言できない、ということはありません。 議題が自分の担当なら話は振られますし、言うべきことがあれば言えます。そこは別の技術の話です。

所属と役割も、雑談で伝わるものではありません。それは名簿や組織図に書いてあります。

雑談でしか渡らないのは、その人がどういう人かという部分です。子どもがいる。先週どこかに出かけた。こういうことに関心がある。業務上はどうでもいい情報ですが、相手の頭の中に、役割とは別の像ができます。

像があると、何が変わるか。次に顔を合わせたときに、用件以外の入り口ができます。前回子どもの話をした相手とは、そこから始められる。一度も雑談したことのない相手には、用件を投げるしかありません。

そして、込み入った相談ほど、用件だけのやり取りしかない相手には投げにくい。これは日本語の職場でもまったく同じで、言語の問題ではありません。

会議前の準備の記事で、開始五分以内に一度声を出しておくと発言が楽になると書きました。あれは「この人はここにいる」という登録の話です。雑談はその先で、役割の外側にある部分を渡す時間だと考えたほうが、準備の中身も決まってきます。

準備するのは、ネタではなく返し方

用意するのは話題ではなく、返す形です。

How was your weekend? に対して、多くの人はこう答えます。

It was good.

文法も発音も問題ありません。ただ、これで終わります。相手は次の質問を作れないからです。「よかった」以上の情報がないので、掘りようがない。

必要なのは二手です。答える、そして具体を一つ足す。

It was good. I took my kids to an aquarium in Yokohama.

長い文は一つもありません。中学校で習う構文だけです。それでも会話は続きます。真ん中に具体が入っているからです。水族館、横浜、子ども。相手はこのどれかを拾って次を作れますし、前の節に書いた「像」もここで渡っています。

具体を一つ足すのが要です。 It was good. と It was good, I went hiking. の差は単語二つぶんですが、相手にとっては掘れるか掘れないかの差になります。

返すときは、二人の会話に閉じない

返し方には一つ注意点があります。教科書的には How about you? で返すことになっていますし、一対一ならそれで問題ありません。

ただし複数人が入っている場では、誰に向けた質問なのかが曖昧になります。 しかも受け取った一人が答え始めると、そこから先は二人の会話になる。残りの参加者は黙って聞いている状態になり、場としてはあまりよくありません。

全体に開く形にしておくと、この問題が起きません。

How about everyone else? Did anyone get out of the city this weekend?

あるいは、まだ話していない人を名指しで拾います。

Sarah, weren't you going to Portland?

これは会議の進行そのものの動作でもあります。雑談の数分は、ファシリテーションの練習台としてはかなり安全です。 議題が何もないので、外しても実害がありません。本題で名指しして人を拾えるようになる前に、ここで手を慣らしておく価値はあります。司会の側から会議を動かす方法は別記事にまとめました。

相手ごとに、前回の話を一行だけ残す

実際に効いたわりに、どこにも書かれていない話です。

雑談で最も強いのは、前回の続きから入ることです。

How did the move go? Did your team end up hiring someone? Is your son still playing football?

初対面の相手と天気の話をするより、はるかに楽で、はるかに効きます。相手は答えたくなりますし、覚えていたこと自体が伝わります。

問題は、覚えていられないことです。カウンターパートが十人以上いて、それぞれと隔週で話していれば、前回何を話したかは流れていきます。

これは記憶力ではなく記録の問題です。 会議が終わった直後に、一行だけ書き残しておけばいい。

Mike — 来月ボストンに引っ越す / 娘がサッカー

準備の記事で、会議直後の五分に「言えなかったこと」をメモすると書きました。その同じ五分に、この一行を足すだけです。ファイルを分ける必要もありません。

三か月も続ければ、相手ごとに十行ほどの蓄積ができます。雑談の入り口で困ることは、その時点でほぼなくなりますし、繰り返し話す相手のことは自然と頭に入るようにもなります。

自分の側の話題は、二つあれば足りる

毎週新しいネタを仕込む必要はありません。相手が入れ替わるので、同じ話を何度も使えます。

実際に用意しておく価値があるのは、この二つです。

一つ、自分の近況として出せるもの。 家族、趣味、出かけた場所。具体が一つ入っていて、二十秒で言い切れる形にしておきます。これがそのまま、相手に渡す「像」になります。

二つ、日本について聞かれたときに返せるもの。 これは想像以上に頻繁に来ます。How's the weather there? Is it still Golden Week? I've never been to Japan. 相手にとって、こちらの側で確実に共有できる話題が日本だからです。

どちらも、前日に考えるものではありません。一度作って、口に馴染ませておくものです。同じ話を別の相手に使うことに、何の問題もありません。

知らない話題には、知っている断片を一つ乗せて返す

雑談で気まずいのは、話題そのものに詳しくないときです。地元のスポーツチーム、こちらでは放送されていない番組、行ったことのない都市。

ここで沈黙するか、曖昧に笑って流すのが一番まずい。かといって I don't know anything about it. で終えると、そこで会話が止まります。

実際に使えるのは、知っている断片を一つ乗せて、そこから質問にする形です。まったく何も知らない話題というのは、意外と多くありません。

I've never been to Chicago, but I hear you get winter for two-thirds of the year. How do you get through it? I only know Lakers and Celtics — is that still the big one?

断片は正確でなくてかまいません。むしろ外れていたほうが、相手が訂正してくれるぶん話は続きます。知らないことは、雑談では弱点ではなく話題です。

避けたほうがいい話題については、類似の記事がどこでも挙げているとおりです。政治、宗教、年収、年齢、家族構成の踏み込んだ部分。ここは共通認識なので、繰り返しません。

事前に押さえておく、という動きは日本と変わらない

もう一つ、外に出しておきたい観測があります。

重い議題を扱う会議の前、私は関係者と個別に話をしてから本番に臨むことが多くありました。特に、決定権を持つ人や、反対が出そうな部門の担当者です。会議の場で初めてぶつけるより、先に論点を共有しておいたほうが話が進むからです。

これは日本の会議でやっていることと、構造的にほとんど変わりません。外資系だから根回しが要らない、ということはないと思っておいたほうがいいです。

そして、その個別のやり取りの入り口は、たいてい雑談です。用件だけを投げるより、少し前置きのあるメッセージのほうが、相手も応じやすい。前の節で書いた一行メモは、ここでそのまま効いてきます。

つまり、雑談ができないことの実害は「打ち解けられない」だけではありません。会議の外で動いている調整にも、入っていきにくくなることです。入社後に何から順に詰まるかを整理した別記事とも、ここでつながります。

雑談だけは、準備で埋まらない部分が大きい

会議の発言は、準備でかなりカバーできます。言うべきことを特定して、英文にして、音読しておけば、当日そのまま出せます。

雑談はそうなりません。話題が予測できないので、準備できるのは返し方の型までです。 型を持っていても、その場で具体を作る作業は残ります。

さらに厄介なのは、自分では出来を判定しにくいことです。会議の発言なら、録音して聞き返せば、語尾が消えていたか、意図より強い否定になっていたかは分かります。雑談には正解の形がないので、聞き返しても「これでよかったのか」の判定がつきません。

残る方法は一つで、返す回数を増やすことです。同じ型を、違う相手に、違う話題で回す。ここだけは反復でしか埋まりません。

投資の順番でいえば、第二段階(出す機会を増やす)に相当します。ただし、その前に口が回る状態ができていることが前提です。口が回らないまま話す場を買うと、考えている時間を買うことになります。順番については同じ記事に整理しました。

まとめ

雑談で声が出るようになったあと、本題で何をどう言うかは別の問題です。そちらは以下の記事で扱っています。